コービー、ジアナちゃんとともに安らかに

NBA

コービー・ブライアント氏 亡くなる

本日最初のニュースがコービー・ブライアント(Kobe Bryant)氏が亡くなったとのことで
時間が止まりました。
少しして耳を疑いもう一度確認しました。

記事をつくりたいと考えてはいましたが、このような形になるとは思いもしませんでした。

哀悼の意を表します。

昨日レブロン・ジェームズ選手がコービー・ブライアント氏の通算得点記録を抜くということで
記事のためにコービー氏の事もある程度調べ直したりしていたので尚更です。

ヘリコプターの事故により西部カリフォルニア州ロサンゼルス近郊の山に墜落したそうです。
同乗していた娘のジアナ(Gianna Maria-Onore Bryant)さんも一緒に亡くなったようです。
ジアナちゃんとともにご冥福をお祈りいたします。安らかに
そしてありがとう。

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本当に事実なのか?
自分もそうだけど世界の多くの人が受け入れられないと思う

だけど誰しもに起こりうる事
あえて記事にまとめることで哀悼の意を表したい
書ききれないくらいある経歴や記録をまとめます。
会ったこともない遠い存在、でもルーキーから見てきたし
頑張ってる姿にパワーを貰っていた近い存在でもある。
自分に刻みつける意味でも

しどろもどろですみません

コービーの銅像がステイプルズ・センターに造られる時
自分の中で特に印象的なこのYouTube動画のサムネイルにもなっている
両腕を広げた姿にして欲しいです!

NBAでの経歴や記録

”マンバメンタリティ”で戦い続けた記録

高卒ルーキーとして17歳でNBA入りして以降は20年間にわたって名門ロサンゼルス・レイカーズ一筋でキャリアを過ごした。

リアルスーパースターで有り、ダークヒーローでも有り
チームメイトでも悪夢と感じるぐらいだから、相手選手にとったらにっくき存在でしかなかったかもしれない。

ただそれはコービーがストイックにバスケを愛し、努力を積み重ね、研究探究を惜しまなかったからこそ
“誰もが認めるしかなった存在”。
その上での結果だろう。

基本情報

基本情報
  1. Kobe Bean Bryant
  2. コービー・ビーン・ブライアント
  3. 誕生日 : 1978年8月23日
  4. 国 アメリカ合衆国
  5. 出身地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
  6. イタリアで約7年間を過ごす
  7. 出身高校 ローワー・メリオン高校 (ペンシルバニア州)
  8. 父親は元NBA選手のジョー・ブライアント
  9. 母親は元NBA選手ジョン・コックスの妹であるパミラ・コックス
  10. ポジション(現役時) SGシューティングガード
  11. 身長(現役時) 198cm (6 ft 6 in)
  12. 体重(現役時) 96.2kg (212 lb)
  13. シューズ ナイキ
    キャリア初期 アディダス

ドラフト後に名前の”コービー”は神戸牛からとのニュースがすぐに雑誌などに載り日本人として嬉しく思って愛着を感じました。

ドラフト

前年のケビン・ガーネットに続き、今現在は不可能な高校を卒業して大学には進学せずNBA入りしたコービー・ブライアント

ドラフト 1996年 13位 シャーロット・ホーネッツ(現ニューオーリンズ・ペリカンズ)

ロサンゼルス・レイカーズへ

直後にブラデ・ディバッツ(Vlade Divac)氏とのトレードには驚かされました。
コービーの高校での活躍は当時の日本にも届いてくるような活躍だったとは言え
NBAを闘ってきたスターター(ディバッツ)と高卒ルーキーのトレードはびっくりでした。

結果から当時GMをしていたNBAのロゴにも使われている人物ジェリー・ウェスト(Jerry West)氏の手腕を褒めるしかないです。
シャキール・オニールもこの年にオーランド・マジックからレイカーズに移籍しており
この後築かれる王朝への試金石となりました。
この頃のコービーはとにかく鼻っ柱が強い生意気でやんちゃでしたね。(笑

ドラフト同期
なんと言ってもアレン・アイバーソンでしょう!
同期で1996年のドラフト全体1指名
コービー同様とにかく鼻っ柱が強い生意気でやんちゃでマイケル・ジョーダンに俺の方が上だと
果敢に向かっていき勝負を挑んでいたのを思い出します。
髪型コーンローやファッションに多大な影響を与えました。
コービーのショートアフロも好きでした。

同チームのレイカーズではシャックとコービーの曲者のを堅実にまとめるデレック・フィッシャーが同期です。

他にもこの年はスティーブ・ナッシュ、レイ・アレンと歴史に大きく名を残す選手がいます。

5度のNBAチャンピオン

実に5度もチャンピオンリングをとっています!
第一期のフィル・ジャクソンHC、シャキール・オニールと共に成し遂げた3連覇はこのままずっと王朝が続くのかと思わせました。

それから自身のチームとしても2連覇を達成しておりますね。

NBAチャンピオン
  1. NBAチャンピオン:2000年
  2. NBAチャンピオン:2001年
  3. NBAチャンピオン:2002年
  4. NBAチャンピオン:2009年
  5. NBAチャンピオン:2010年

様々なタイトル受賞歴

受賞歴
  1. NBAシーズンMVP:2008
  2. NBAファイナルMVP:2009
  3. NBAファイナルMVP:2010
  4. NBA得点王(1試合平均):2006 (35.4)
  5. NBA得点王(1試合平均):2007 (31.6)
  6. 年間最多得点:2003 (2,461)
  7. 年間最多得点:2006 (2,832)
  8. 年間最多得点:2007 (2,430)
  9. 年間最多得点:2008 (2,323)
  10. 年間最多フィールドゴール成功:2003 (868)
  11. 年間最多フィールドゴール成功:2006 (978)
  12. 年間最多フィールドゴール成功:2007 (813)
  13. 年間最多フリースロー成功:2006 (696)
  14. 年間最多フリースロー成功:2007 (667)
  15. オールNBAチーム
    11回 1stチーム:2002-2004, 2006-2013
    2回 2ndチーム:2000, 2001
    2回 3rdチーム:1999, 2005
  16. NBAオールディフェンシブチーム
    9×1stチーム:2000, 2003, 2004, 2006-2011
    3×2ndチーム:2001, 2002, 2012
  17. 合計18回
    NBAオールスターゲーム出場:1998, 2000-2016
    19歳でNBA史上最年少でオールスターに選出され、しかも先発出場という快挙を果たす。
  18. 4回
    NBAオールスターゲームMVP:2002, 2007, 2009,2011
  19. NBAオールルーキーチーム 2ndチーム:1997
  20. NBAスラムダンクコンテスト優勝 : 1997
  21. 背番号No.8(キャリア前半) & 24(キャリア後半)
    ロサンゼルス・レイカーズ永久欠番
  22. オリンピック 金メダル
    2008 北京
    2012 ロンドン

のがしたのはルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人賞)くらいでしょうか。
また永久欠番とともにロサンゼルスから背番号からとって8月24日はコービーの日にもなっています。

背番号

背番号”8”
コービーが最初に選んだ背番号”8は”コービーの父ジョー・ブライアントがイタリアリーグに移籍した際に
コービーもついていきイタリアでチームメイトとなったマイク・ダントーニHCの姿を尊敬し選んだという話もありますが、本人は否定したとか。

背番号”24”
コービーの背番号24に込めた思い

そして今日1日が最後の1日であるように扱うという一分一秒も無駄にしない気持ち
24時間を決して無駄にしないと言う思い言葉
その上で尊敬するマイケル・ジョーダン(23)を1つでも超えたい(24)

その当時のチーム状況や様々な思いがあったんですね。

NBAのレギュラーシーズン数字

2020年1月26日の数字となります。

レギュラーシーズン
  1. 試合数 1,346試合
  2. 出場時間 48,654分
    歴代7位
  3. 通算得点 33,643得点
    歴代4位
  4. 1試合平均得点 25.0得点
    歴代12位
  5. アシスト 6,306
    歴代31位
  6. リバウンド 7,047
    歴代107位
  7. スティール 1,944
    歴代16位
  8. ブロック 640
    歴代192位
  9. フィールドゴール成功数 11719
    歴代6位
  10. フィールドゴール試投数 26200
    歴代3位
  11. フィールドゴールパーセンテージ 44.7%
  12. 3P成功数 1,827
    歴代16位
  13. フリースロー成功数 8,378
    歴代3位
  14. フリースロー試投数 10011
    歴代5位
  15. フリースロー確率 83.7%
    歴代94位
  16. ターンオーバー 4010
    歴代4位
  17. パーソナルファール 3353
  18. 一試合最多得点 81得点
    歴代2位

プレイオフ

なんと15シーズンプレーオフに進出しています。

プレイオフ
  1. 出場試合数 220試合
  2. 先発出場試合数 200試合
  3. 出場時間 8,640分
    歴代4位
  4. 1試合平均得点 25.6得点
    歴代13位
  5. 通算得点 5,640得点
    歴代3位
  6. アシスト 1,040
  7. リバウンド 1,119
  8. スティール 310
  9. ブロック 144
  10. フィールドゴール成功数 2014
  11. フィールドゴール試投数 4499
  12. フィールドゴールパーセンテージ 44.8%
  13. 3P成功数 292
  14. フリースロー成功数 1,320
  15. フリースロー試投数 1,617
  16. フリースロー確率 81.6%
  17. ターンオーバー 647
  18. パーソナルファール 660

コービーがルーキーイヤーに履いていたバッシュ

adidas(アディダス)”EQT Elevation(Crazy 97)”の紹介

コービーのバッシュは今ではというかナイキのイメージしかないと思いますが、
コービーがルーキーの頃はアディダスだったんです!
そんなルーキーイヤーに履いたアディダスのレイカーズパープルモデルの紹介です。

こちらはオリジナルのEQT Elevationです。
(復刻はCrazy 97)

クレージーの名前の由来
ルーキーイヤーはadidas アディダスと契約していた。

その後アディダスとの契約を2年で切り浪人してナイキへ移籍。

adidasは復刻を出すがコービーの名前は使えない

そのため、その復刻に名前をつけるにあたってadidasとの契約を切ってNikeへ行くなんてお前はクレージーだという意味を込めてクレイジーが出た。

ジェイレン・ブラウン選手 (ボストン・セルティックス)着用
復刻のためadidas Crazy 97 となる。

マンバメンタリティ

伝説の81得点ゲームがあったり派手な部分もさることながら
やっぱりメンタリティの部分が強く印象に残ります。

引退試合は見ましたが
引退表明後のドキュメンタリーを見て泣きました。
シュートを打つ事ができないと知らされたとき(肩の怪我)、その気持が痛いほど伝わってきて
それでも引退試合では60得点をとったんだと思い
後から引退試合を違う側面から見たとき
くるものがありました。

アキレス腱を切った時も自分がチームを引っ張ろう引っ張ろうと無理に無理を重ねた上で切断に見えました。
ただ不屈の精神で苦しいリハビリを乗り越え復帰し、また先頭に立って引っ張ろうとする。
ここからがマンバメンタリティで
復帰後すぐに膝に怪我を負う
その怪我が思ったより悪くこのシーズンを全休することになります。
大変なリハビリを乗り越えた直後に更なる怪我
いくらコービーでも相当キツかったはずです。
それでもコートに戻り通算得点でマイケル・ジョーダンを抜き歴代3位に上げる
そして引退のドキュメンタリーに続く3シーズン連続の怪我、右肩の怪我を負う。

同時期自分自身も苦しみのどん底にいたため、後から知った事がたくさん有りました。
ただそんな時に自分を支え続けてくれたのも大好きなスポーツ観戦でした。
少し調子が良く見れる時には観戦しパワーを貰っていました。
恐ろしいメンタリティで爪の垢を煎じて飲み、100分の1でも見習わなければと本当に思います。
だからと言って自分の弱さも認めつつ
コービーの言うように基本の力を日々あげていけたらと思います。

様々な伝説は語り継がれ
亡くなったけど人々の心のなかにコービーは確かに生き続けます。
言葉と魅せた背中”マンバメンタリティ”とともに

ありがとうコービー

安らかにおやすみください。

最後に名言や哀悼の言葉

名言

If you want to be great at something, there’s a choice you have to make. What I mean by that is, there are inherent sacrifices that come along with that.

もし何かにおいて偉大になりたいのであれば、そこには選択肢が現れる。そして、そこには犠牲にしなくてはならないものが存在する。


NBA ROOMさん
より引用

Determination silences doubters.

「決断」は、疑うものたちを黙らせる。


NBA ROOMさん
より引用

If you don’t believe in yourself, no one will do it for you

もし自分が自分自身を信じなかったら、誰が自分を信じてあげられるというのか。


NBA ROOMさん
より引用

If you’re afraid to fail, then you’re probably going to fail.

失敗を恐れていると、おそらく失敗する。


NBA ROOMさん
より引用

Those time you get up early and work hard, those time you stay up late and work hard, those time you don’t feel like working, you are too tired, you don’t wanna push through but you do it anyway. That is actually the dream. That’s the dream. That’s not destination, that’s journey.

早起きしてハードワークするとき。遅くまで起きてハードワークするとき。働く気にならずとても疲れていて、何もしたくないけど、とにかくやり遂げたとき。それこそが夢なんだ。夢とは「目的地」ではなく、その「旅路」のことなんだ。


NBA ROOMさん
より引用

哀悼のメッセージ

「コービーとジアナがこの世を去ったという、悲劇的な知らせにショックを受けている」
「言葉にならない痛みを感じる。コービーを愛していた。私にとっては弟のような存在だった。よく話したし、もうそれができないのが非常に悲しい」

「彼は強烈な負けず嫌いで、バスケ史上有数の偉大な選手であり、創造性も持ち合わせていた。コービーは家族を深く愛する素晴らしい父親でもあり、娘がバスケットボールというスポーツを愛していることをとても誇らしく思っていた」


マイケル・ジョーダン氏の哀悼のメッセージ
より引用

ワシントン・ウィザーズ スコットブルックスHC
コービーが最初に選んだ背番号”8は”コービーの父ジョー・ブライアントがイタリアリーグに移籍した際に
コービーもついていきイタリアでチームメイトとなったスコット・ブルックスHCの姿を尊敬し選んだそうです。
ロサンゼルスでの家も近く、オフシーズンには交流があったそうで
コービーとジアンナちゃんへの思いは計り知れないと思いました。

Twitter

「弟であるコービーとその娘ジジ(ジアンナさんの愛称)を亡くしたこの悲しみは言葉に表せない。君たちを愛しているし、いなくなったのがとても寂しい。ご家族にはお悔やみを申しあげます。最悪の気分だ」


シャキール・オニール氏の哀悼のメッセージ
より引用

ドウェイン・ウェイド氏Instagramより
「今日は人生で最も悲しい日のひとつとなった。悪い夢のようだ。彼は偉大なリーダーでありチャンピオンだった。彼以上の存在はいない」「彼を追いかけてきた。彼に認められたかった。ありがとうコービー」

 

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